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庚嶺坂(ゆれいざか)は、若宮八幡神社から外堀通りへ下る坂

庚嶺坂(ゆれいざか)の写真

庚嶺坂(ゆれいざか)は、若宮八幡神社から 外堀通りへ下る坂。


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坂上の標柱には、

「江戸初期 この坂あたりに多くの梅の木が あったため、2代将軍秀忠が中国の梅の名所 の名をとったと伝えられるが、他にも坂名の 由来は諸説あるという(御府内備考) 別名 行人坂、唯念(ゆうねん)坂 ゆう玄 坂 幽霊坂 若宮坂とも呼ばれる。」

と記載されています。


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若宮八幡次神社の社殿は、黒色を基調とした 洗練された都会の神社です。


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案内板 神楽坂若宮八幡神社縁起録を抜粋

「若宮八幡神社は鎌倉時代に源頼朝公により 建立された由緒ある御社で御祭神 仁徳天皇 応神天皇

当社の御由来は 若宮八幡宮は若宮坂の上若宮町にあり (或は若宮小路ともいへり)別当は 天台宗普門院と号す

傳ふに文治5年(1189)の秋 右大将源頼朝公奥州の藤原泰衡を征伐せんが 為に発向す其の時当所にて下馬宿願あり 後奥州平治の後当社を宮鎌倉鶴岡の若宮八幡 宮を移し奉ると云へり (若宮は仁徳天皇なり後に応神天皇に改め祭る と云ふ)


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文明年間(1469〜1486)太田道灌 江戸城鎮護の為当社を再興し社殿を江戸城に 相対せしむるなり

当社は文明の頃迄は大社にして神領等あり 美れいなりしという

神域は黒板塀の神垣南に黒門あり 門内十歩狛犬一対 明和8年(1771) 卯年8月奉納とあり 

右に天水釜あり拝殿は南に面する瓦葦破風 造梁間桁行三間向拝あり

松に鷹象頭に虎を彫る「若宮八幡神 社」の 横額源正哥謹書とあり

揚蔀(アゲジトメ)にて殿内格天井を組み 毎格花卉を描く神鏡晶然として銅鋼深く 鎭せり以て幣殿本社に通ず本社は土蔵造り なり

本殿東南に神楽殿あり瓦葦梁間2間桁行 2間半勾欄付「神楽殿」の3字を扁し 樵石敬書と読まる背景墨画の龍あり落款 梧堂とあり境内に銀杏の老樹あり

明治2年(1869)神佛混淆の禁令ある や別当光明山普門院(山州男山に同じ)復飾 して神職となる

例大祭は9月15日 中祭5月15日  小祭1月15日に行はれ社務所は本社の 東に在り

現在氏子は若宮町神楽坂一丁目二丁目 三丁目の四ヶ町なり

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